思い出といま

周りの人には言ってるんだけど、高校の時わりときびしい部活にいて、今じゃちょっと訴えられちゃうレベルの指導を受けてた時の話。

世間では既にプレステも発売されていた1997年ことで、当時高校1年生16歳だったわたしは、プレステを買ったのでもうやんないからと、友達から中古のスーファミを3000円で購入した。
ゲームに厳しい家で全然ゲーム機を買ってもらえなかったのだけど、もう勝手に買ってしまえ、と持って帰った。さすがに親も何も言わなかったので、いままでの鬱憤を晴らすべく、とりあえず借りるだけ借りたけど本体がなくてできねーよって感じだったスーファミ版ドラクエ3をやりまくった。
ファミコン版ドラクエ3は人んちで何日もかけてクリアしたことはあったけど、リメイク版&自分一人でプレイするのは初めてなのでそれはもうアホみたいにハマりまくり。
そうなるともちろん部活なんて行ってる場合じゃねー!ってなるわけだけど、ものすごい厳しかったのでなんとか寝る時間を削るなどして頑張ってプレイ。
しかし完全オフの日が月に3日、とあんまりにも時間がなく、とうとう1日サボった。熱がある、とか適当に連絡してサボり、その日はダーマ神殿周辺でレベル上げを頑張って転職しまくった。いつだって転職する日は大事なんです。
勇者・賢者・賢者・賢者、というパーティーにしたかったので、死に物狂いでレベル上げ。あとひとりを賢者にすれば...!というところで、まさかの部活の先生の携帯から電話。
どうやら、部員の誰かから「××さん(わたし)は最近○○くんからゲーム機を買ったらしい、それで...」というタレ込みがあったらしい。バレた。仕方ないので、セーブをし、部活へ向かう。
着くなり「なんで今日来なかったんだ」と言われたので、「具合が悪くて...」と言うと、「でも今ここまで来れただろうが!」と殴られた。ヘタな言い訳をしてしまった...。
ビンタは止まらず、右頬を叩かれたら次は左頬、その次はまた右...。当然叩かれるとその衝撃で後ろによろける訳だけど、詰め寄られて何度もビンタ。気づいたら体育館の半分まで叩かれ続けてた。
でもその時思っていたことは「早く帰ってレベル上げしなきゃ」ばっかりだったんだよね。ずっと賢者にしてあげられなかった最後の魔法使いのことで頭がいっぱい。今日の所は適当にやり過ごして、夜また頑張ろう、そればっかり考えてた。
夜、何ごともなかったかのように続き。魔法使いは無事、賢者になれました。

あれから13年。
いまではtwitterで「ヒマだ」とかつぶやくと、「貸したFF13やれよ!」というレスが返ってきたりして幸せ。
プレステも3が主流になってきて、スーファミはもう誰もやってない。ドラクエ3も携帯に入ったよ。
大人になるって素晴らしいねー。

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8年前の話

スーパーアメリカンフェスティバル、通称アメフェスという、アメ車を愛でよう!的なイベントが毎年富士スピードウェイであるのだけど、過去に一度だけ観に行ったことがあります。
観に行ったことがあるというかバイトで行った。今から8年前のことです。
友達から紹介されたそのバイトは「一泊二日・売り子をやるだけの簡単なお仕事です」ということしか事前情報がなかったんだけど、お金がよかったので引き受けた。
青山の待ち合わせ場所で待機していると、突然知らない数人にスーパーに拉致られ食材買い込むのを手伝わされた。そのまま車に押し込められて一気に富士山のふもとまで連れて行かれる。着いた頃にはもう辺りは暗くなっていたので買ってきた食材でバーベキュー、宿屋の大きな温泉に入って、みんなで楽しくお酒を飲んで雑魚寝。これ1日目。
次の日は朝早くからスピードウェイ入りして、アメフェス会場のブースで催し物のお手伝い(客がゲームで投げたダーツを抜いて戻ってくるという)。昼過ぎぐらいには片付けて東京まで戻ってきたら結構な時間になってしまったので寮の門限上、渋谷にホテルを取ってもらい、東ティモール問題のニュースを眺めつつ就寝。これ2日目。
やったことといえばこれだけなんだけど、本当にお給料が出た。それもすごい、出た。
つらかったことは富士の朝は夏でも超寒かったこと。長袖トレーナー着てても寒かった。あと一緒に行ったもうひとりのお手伝いの人が、気だるそうなギャルでタバコばっか吸ってて全然働いてくれなかったこと。ほとんどわたしがやりました。でも一緒にニンニクの皮をむいたとき楽しかった。
あとはめっちゃ速い車を見た。スタートしたときのエンジンが爆音で、100メートルを3秒とか、ホントそんな感じでめちゃくちゃ速かった。止まるときはパラシュートみたいなので。その時は仕事抜けて見させてもらった。
降って湧いた超絶楽しい2日間だったんだけど、その後その人たちと集まることは二度となくて、誰とも連絡がとれなくて、本当にそんなことがあったのかな?何かの思い込みから作り上げた思い出なのかな?って思うぐらい。
毎年どっかでアメフェスの情報見る度に思い出すんだけどなんだったんだあれは?

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トイレ掃除

家の掃除の中ではトイレ掃除が一番好きです。ラクだから。
流せるトイレブラシトイレクイックルであっという間にピカピカ!

小学校の頃「トイレ掃除をすると心がきれいになる」という考えに、なんでかクラス全員が洗脳され、トイレ掃除ブームになった時期があった。
トイレ掃除に当たった班は、今日も心をきれいにしようとはりきった。
女子は和式便器をサンポールで、床をクレンザーで磨き、男子は男性小便器の下にあるフタ?まで取り出して磨き上げる。
みんな真剣に心がきれいになると信じていて、特に便器に触れるとなおさらその効果は強いものとされていた。
同じ頃、女子の間では、可愛いメモ帳や封筒、きれいな便せんを集めるのが流行っていて、休み時間には専用のクリアファイルから、だぶって所有している数枚を取り出しては交換してコレクションを増やす。
ある日、同じ班だったKちゃんと、トイレ掃除をしていたとき、わたしが持っていた便せんを欲しがったKちゃんが、便器の掃除を代わるからそれをくれないかと言ってきた。深く考えもせず、どうせ同じものを数枚持っているしと快く承諾した。Kちゃんは喜んで便器の掃除し、わたしは放課後約束通り便せんをKちゃんにあげた。
後日、わたしは担任の先生に呼び出され、「何かを報酬にあげることで、自分の嫌なことを人にやらせるということはいけない」と小一時間みっちり説教をされた。
たしかに便器の掃除をやってもらったのも、便せんをあげたのも事実なんだけど、別に便器の掃除は嫌じゃないし(むしろ心がきれいになりたいし)Kちゃんも便せんもらって喜んでいたのに、はて?
どうやら「便器の掃除を代わりにやったら便せんをもらった」というKちゃんの発言から誤解が生まれたらしい。確かに、それだけ聞くとそうなりますよね...。
運悪く学期末だったので、保護者との三者面談の場で親に「わたしがKちゃんを便せんで買収し、便器掃除をやらせた話」をされてしまった。家に帰ると「モノをあげて自分の嫌なことを人にやらせるなんて!」と泣かれた。便器の掃除をすると心がきれいになるんだってば!と言ったら更に怒られた。そりゃそうだけど、こっちも泣きたい!

...という16年経った今でも、ぼんやり思い出すトイレ掃除の思い出。

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