冠婚葬祭の話
2010年2月16日 23:38
去年のいまごろは結婚式を目前に控え、東京と名古屋を慌ただしく行き来して準備に追われていたなあ。
軽い気持ちでウェルカムボードを作ることにしてしまったのだけど、これがまた、ラインストーンでドット絵を描くっつーある程度本腰入れてやらないと完成しない代物を作り始めてしまったがためにめちゃくちゃ大変だった。というか自分が悪いんだけども...
都内の東急ハンズという東急ハンズを回り、ラインストーンの在庫を調べるも全然数が足りず、すがる思いでオカダヤに行ってみたらなんとか数はあったけど、それ以上欲しいなら別店舗から取り寄せないといけないと言われ、取り寄せるぐらいなら取りに行きます!と店舗をはしごしたりしていた。で、手に入れたら、作業、作業、作業。結局材料費ラインストーン代で2万ぐらいかかった。

あとめちゃめちゃダイエットもしてた。1日1000キロカロリーとか。よくないですねー。かなりコマメにカロリー計算したり、品目が減らない様に色々工夫してがんばったけど、エステで肌乾燥してますねえ、ちゃんと食べてますか?とか言われて泣。
でもその甲斐あって、着たいドレスも着れたし、白無垢の評判もよかったので、オールオッケーとしましょう。イエイ。
結婚式には親戚がたくさん来てくれた。わたしは高校卒業と同時に上京したので、ほとんどそれから会っていない親戚の人たちばかりで実に8年ぶりとかの人がたくさん。いくらずっと会っていないと言えど、こういうときには来てくれるもんなんだなあとしみじみ嬉しく思ったものです。中学校のとき、すくいようのない阿呆だったところを週一で勉強を見てもらっていた家庭教師の先生(親戚)も来てくださり、そして祝辞をいただいたのでした。あんなにバカ中学生だったのに、なんだかとても褒めてもらって、そうして夫となる人を見せることができてよかった。サプライズで祖父の米寿のお祝いもできたし。88歳って改めてすごいな。いまから88歳まで、あと60年も健康で生きないといかん。そして祖父は戦争に行って戻って来て、さらにテレビ局のカメラマンだったので浅間山荘事件なども取材に行っていたとゆーのに元気で88歳とはすごい。
録画してあった自分の式を観たら、感動の涙を流さないどころか、棒読みにも程があるわたしの両親への手紙以外は二十丸の結婚式であった。
12月。母方の祖父の葬式。祖父75歳。
ずっと入院していて家に戻って来れないでいたので、やっと帰って来れた、お疲れさま、という感じだった。
祖父との思い出は本当にパーフェクトで、楽しい、いつも笑っている、じいちゃん大好き!といつも思ってる、そんな思い出しかない。大事に思ってくれていたのがすごーくストレートに子供ながら伝わっていたので、こちらも信頼しきった心底大好きな存在であった。
体を壊してからずっと会ってはいなかったけど、わたしも本当にお疲れさまと言いたい。いつも一生懸命働いていた記憶がある。工場を1から起して、軌道にのせ、暑い夏も鉄を流したり大変そうだったけど、頼もしかったなあ。
家に戻って来たときは、昔のおおきな体がとてもちいさくなっていた。大変だったんだなあ、ホントにお疲れさま、お疲れさま...。
当然のことながら、葬式にも親戚はたくさん来た。結婚式には母方の親戚より父方の親戚のほうが多かったけど、このタイミングで母方の親戚にも夫を紹介することができた。父方、母方両方にウケのいい夫...。
わたしには母方に、ふたつ年上とひとつ年下のいとこがいて、そこに3つ年下の妹を加え、小さいときから4姉妹みたいに育って来たのだけど、みんな大人になったので、あんまり全員あつまることもなかった。久しぶりに4人であつまったのもとても嬉しかった。じいちゃんも絶対に絶対にそう思って見ていたと思う。
超久しぶりにあつまったんだから4人で集合写真でも撮ろうよ!せっかくだからじいちゃんの遺影のところで!...と盛り上がったがさすがにそれはやめて、写真を撮った。それを他の親戚も寿司をつまみ、ビールを飲みながら笑って見ていた。じいちゃんがいなかったら4人姉妹、そしてじいちゃんのひ孫となるいとこの息子娘も全員ここにはいなかったことでしょう。
親戚一同が集まることってそんなにないので、冠婚葬祭ってなんだかんだいっていいよなあと思う。生前祖父とよく一緒に旅行に行っていたらしい親戚が、そのときの思い出を話してみんなで聞いたり、いとこが生んだ赤ん坊を他の親戚に見せて回ったり、 悲しい場所ではあるけど、それをみんなで集まって乗り越えるというのはいいもんだな、と思った。
軽い気持ちでウェルカムボードを作ることにしてしまったのだけど、これがまた、ラインストーンでドット絵を描くっつーある程度本腰入れてやらないと完成しない代物を作り始めてしまったがためにめちゃくちゃ大変だった。というか自分が悪いんだけども...
都内の東急ハンズという東急ハンズを回り、ラインストーンの在庫を調べるも全然数が足りず、すがる思いでオカダヤに行ってみたらなんとか数はあったけど、それ以上欲しいなら別店舗から取り寄せないといけないと言われ、取り寄せるぐらいなら取りに行きます!と店舗をはしごしたりしていた。で、手に入れたら、作業、作業、作業。結局材料費ラインストーン代で2万ぐらいかかった。

あとめちゃめちゃダイエットもしてた。1日1000キロカロリーとか。よくないですねー。かなりコマメにカロリー計算したり、品目が減らない様に色々工夫してがんばったけど、エステで肌乾燥してますねえ、ちゃんと食べてますか?とか言われて泣。
でもその甲斐あって、着たいドレスも着れたし、白無垢の評判もよかったので、オールオッケーとしましょう。イエイ。
結婚式には親戚がたくさん来てくれた。わたしは高校卒業と同時に上京したので、ほとんどそれから会っていない親戚の人たちばかりで実に8年ぶりとかの人がたくさん。いくらずっと会っていないと言えど、こういうときには来てくれるもんなんだなあとしみじみ嬉しく思ったものです。中学校のとき、すくいようのない阿呆だったところを週一で勉強を見てもらっていた家庭教師の先生(親戚)も来てくださり、そして祝辞をいただいたのでした。あんなにバカ中学生だったのに、なんだかとても褒めてもらって、そうして夫となる人を見せることができてよかった。サプライズで祖父の米寿のお祝いもできたし。88歳って改めてすごいな。いまから88歳まで、あと60年も健康で生きないといかん。そして祖父は戦争に行って戻って来て、さらにテレビ局のカメラマンだったので浅間山荘事件なども取材に行っていたとゆーのに元気で88歳とはすごい。
録画してあった自分の式を観たら、感動の涙を流さないどころか、棒読みにも程があるわたしの両親への手紙以外は二十丸の結婚式であった。
12月。母方の祖父の葬式。祖父75歳。
ずっと入院していて家に戻って来れないでいたので、やっと帰って来れた、お疲れさま、という感じだった。
祖父との思い出は本当にパーフェクトで、楽しい、いつも笑っている、じいちゃん大好き!といつも思ってる、そんな思い出しかない。大事に思ってくれていたのがすごーくストレートに子供ながら伝わっていたので、こちらも信頼しきった心底大好きな存在であった。
体を壊してからずっと会ってはいなかったけど、わたしも本当にお疲れさまと言いたい。いつも一生懸命働いていた記憶がある。工場を1から起して、軌道にのせ、暑い夏も鉄を流したり大変そうだったけど、頼もしかったなあ。
家に戻って来たときは、昔のおおきな体がとてもちいさくなっていた。大変だったんだなあ、ホントにお疲れさま、お疲れさま...。
当然のことながら、葬式にも親戚はたくさん来た。結婚式には母方の親戚より父方の親戚のほうが多かったけど、このタイミングで母方の親戚にも夫を紹介することができた。父方、母方両方にウケのいい夫...。
わたしには母方に、ふたつ年上とひとつ年下のいとこがいて、そこに3つ年下の妹を加え、小さいときから4姉妹みたいに育って来たのだけど、みんな大人になったので、あんまり全員あつまることもなかった。久しぶりに4人であつまったのもとても嬉しかった。じいちゃんも絶対に絶対にそう思って見ていたと思う。
超久しぶりにあつまったんだから4人で集合写真でも撮ろうよ!せっかくだからじいちゃんの遺影のところで!...と盛り上がったがさすがにそれはやめて、写真を撮った。それを他の親戚も寿司をつまみ、ビールを飲みながら笑って見ていた。じいちゃんがいなかったら4人姉妹、そしてじいちゃんのひ孫となるいとこの息子娘も全員ここにはいなかったことでしょう。
親戚一同が集まることってそんなにないので、冠婚葬祭ってなんだかんだいっていいよなあと思う。生前祖父とよく一緒に旅行に行っていたらしい親戚が、そのときの思い出を話してみんなで聞いたり、いとこが生んだ赤ん坊を他の親戚に見せて回ったり、 悲しい場所ではあるけど、それをみんなで集まって乗り越えるというのはいいもんだな、と思った。
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思うこと
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毎年恒例のぎっくり腰
2010年2月13日 17:07
久しぶりに普通の日記を書こうと思ったらこれだよ...
昨日は祝日の翌日という月曜日的金曜日で、月曜日っぽい気だるさを感じてははっとし、でも本当は金曜日なんだもんね!クスクス...、というのを1日楽しもうと思っていたのに、9時に出社して11時に早退。理由はほぼ毎年恒例となったぎっくり腰でございます。
本当にこの季節(1〜3月)は毎年必ず腰の調子が悪くなるのでもう慣れっこなんですが、やはり今年も来たかーという感じ。 わたしのぎっくり腰のタイプは、ピキッと何かでやってしまう→あれ〜と思っているうちにどんどんおかしくなってくる→そして気づけば普通に歩けなくなる→2日ほど寝込む、というパターンが多いのですが、あ、これはまずいな、と思って安静にするまでの時間を短くすればするほど早く回復するっていうことがわかってきた。
今回の場合、寝ているうちにやってしまったようで、朝起きたとき違和感があったのだけど、うっかりそのまま会社に来てしまった。会社に着いた時点で既にちゃんと歩けなかったのだけど、更にオフィスの椅子に座ってるっていうのが一番よくないようで、どんどん様子がおかしくなってきてしまい、思い切ってさくっと早退。
会社から駅まで徒歩5分かからないほどなのに、15分もかかってしまった。もうほとんど何かに掴まらないと歩けなくて、階段とかも尋常じゃないぐらい時間がかかってしまった。バリアフリーって、実際自分が必要な立場にならないと考えられないよな、とか考えてました。
前回やったとき、炎症で痛みがあるうちは冷湿布、と聞いて実際にやってみたらかなりよかったので、よろよろになりながらも冷蔵庫から冷湿布を。。外は雪が舞っていましたけど...。
痛みが引いたら温湿布などで今度は温めるといいそうですよ。一番始めの頃は何もわからなかったので、冷えてると思って痛みがあるうちからお風呂で温まってしまってかえって悪化させてしまって大変だった。
一見元気そうなのに、来てすぐ早退するって周りから見たら変な感じですよねえ。でも仕方ない。しかしこの決断のおかげで、土曜日の夕方時点でもうかなりよくなってきてます。ゆっくりなら歩けるし。
調べてみると、ひどい冷え性なのでその辺ともすごく関係しているみたい。冷えは気にする様にはしているけど、もっと常に内側から温かくしてないとダメなんだなあ。湯豆腐のように、外だけ温かくしても芯は冷めているみたいなことも多いのかもしれない。難しい。食べ物とか運動量とかもっと内側から改善せねば。ぬー。
せっかくの花金、予定していた仕事もあったし、仕事後にも約束があったのに、全部台無しに。。ぎっくり腰はクセになると言いますが、なんとかならぬものかなあ。
昨日は祝日の翌日という月曜日的金曜日で、月曜日っぽい気だるさを感じてははっとし、でも本当は金曜日なんだもんね!クスクス...、というのを1日楽しもうと思っていたのに、9時に出社して11時に早退。理由はほぼ毎年恒例となったぎっくり腰でございます。
本当にこの季節(1〜3月)は毎年必ず腰の調子が悪くなるのでもう慣れっこなんですが、やはり今年も来たかーという感じ。 わたしのぎっくり腰のタイプは、ピキッと何かでやってしまう→あれ〜と思っているうちにどんどんおかしくなってくる→そして気づけば普通に歩けなくなる→2日ほど寝込む、というパターンが多いのですが、あ、これはまずいな、と思って安静にするまでの時間を短くすればするほど早く回復するっていうことがわかってきた。
今回の場合、寝ているうちにやってしまったようで、朝起きたとき違和感があったのだけど、うっかりそのまま会社に来てしまった。会社に着いた時点で既にちゃんと歩けなかったのだけど、更にオフィスの椅子に座ってるっていうのが一番よくないようで、どんどん様子がおかしくなってきてしまい、思い切ってさくっと早退。
会社から駅まで徒歩5分かからないほどなのに、15分もかかってしまった。もうほとんど何かに掴まらないと歩けなくて、階段とかも尋常じゃないぐらい時間がかかってしまった。バリアフリーって、実際自分が必要な立場にならないと考えられないよな、とか考えてました。
前回やったとき、炎症で痛みがあるうちは冷湿布、と聞いて実際にやってみたらかなりよかったので、よろよろになりながらも冷蔵庫から冷湿布を。。外は雪が舞っていましたけど...。
痛みが引いたら温湿布などで今度は温めるといいそうですよ。一番始めの頃は何もわからなかったので、冷えてると思って痛みがあるうちからお風呂で温まってしまってかえって悪化させてしまって大変だった。
一見元気そうなのに、来てすぐ早退するって周りから見たら変な感じですよねえ。でも仕方ない。しかしこの決断のおかげで、土曜日の夕方時点でもうかなりよくなってきてます。ゆっくりなら歩けるし。
調べてみると、ひどい冷え性なのでその辺ともすごく関係しているみたい。冷えは気にする様にはしているけど、もっと常に内側から温かくしてないとダメなんだなあ。湯豆腐のように、外だけ温かくしても芯は冷めているみたいなことも多いのかもしれない。難しい。食べ物とか運動量とかもっと内側から改善せねば。ぬー。
せっかくの花金、予定していた仕事もあったし、仕事後にも約束があったのに、全部台無しに。。ぎっくり腰はクセになると言いますが、なんとかならぬものかなあ。
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日常
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PENTAX K-xを買いました
2010年2月11日 18:21
9月にモニターをさせていただいたデジタル一眼レフカメラPENTAX K-xを購入。

モニター期間中に行った八重山一人旅にも持って行ったりして、かなり愛着持って大事に使っていたのですが、どんなに愛用していても返却期間来てしまうわけで、それからずーっと未練たらしくヨドに行く度にチラチラ見ていました。あと、最近色んなイベントで、せっかく珍しいものや面白いものを見せてもらっても、全然うまく写真に残すことができず、結構なストレスを感じていたのでいい加減買った。コンデジでなく、デジイチである理由は、デジイチが欲しかったというより、どうせカメラ買うならK-xをもう一度持ちたいなと思ったからです。色は初めて見たときから可愛いと思っていた白。

レビューエントリーにも書きましたが、学生時代に授業でマニュアルの一眼レフを使っていた時期があったのに、あまり楽しさに触れることができず、一眼レフや写真を撮ることに興味を持てないでいました。そんなちょっと冷めた感じだったんですが、イベントで普段写真を撮らない素人でも簡単にきれいな写真を撮ることができる、っていうことを教えてもらって、実機を貸してもらったら、残したいと思ったものをそのまま残せるのっていいなーとようやく気がついた感じです。
写真のことは全然わからないし、レビューの質問にも答えた通り、写真歴と呼べるものはほとんどありませんが、これからカメラの楽しさに気づけたらいいなと思ってます。

モニター期間中に行った八重山一人旅にも持って行ったりして、かなり愛着持って大事に使っていたのですが、どんなに愛用していても返却期間来てしまうわけで、それからずーっと未練たらしくヨドに行く度にチラチラ見ていました。あと、最近色んなイベントで、せっかく珍しいものや面白いものを見せてもらっても、全然うまく写真に残すことができず、結構なストレスを感じていたのでいい加減買った。コンデジでなく、デジイチである理由は、デジイチが欲しかったというより、どうせカメラ買うならK-xをもう一度持ちたいなと思ったからです。色は初めて見たときから可愛いと思っていた白。

レビューエントリーにも書きましたが、学生時代に授業でマニュアルの一眼レフを使っていた時期があったのに、あまり楽しさに触れることができず、一眼レフや写真を撮ることに興味を持てないでいました。そんなちょっと冷めた感じだったんですが、イベントで普段写真を撮らない素人でも簡単にきれいな写真を撮ることができる、っていうことを教えてもらって、実機を貸してもらったら、残したいと思ったものをそのまま残せるのっていいなーとようやく気がついた感じです。
写真のことは全然わからないし、レビューの質問にも答えた通り、写真歴と呼べるものはほとんどありませんが、これからカメラの楽しさに気づけたらいいなと思ってます。
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趣味など
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